LOGINマルクスの罠によって、謹慎処分を受けてしまったハヤト。エマとテオが、それぞれの得意分野で証拠を探し、光の病で苦しむハヤトを1人で頑張らさせないよう気遣います。3人のわちゃわちゃした友情、そしてカンニング疑惑は無事に晴らし、ハヤトは学年首席に返り咲きますが、ミナの容態が悪化していて?緊迫の展開。少しでもおもしろいと思われましたら、ブクマ、評価、レビューいただけましたら泣いて喜びます。
地下の旧教室には、昨日までの埃っぽさがわずかに残っていた。 壁際へ寄せた机には、光の病に関する資料と、医療戦士の力について記された書物が積まれている。三人で片づけ、ようやく形になった研究拠点だった。 授業を終えた俺たちは、閲覧許可を得た資料の写しを机へ広げていた。紙面へ目を落としていたエマが、不意に顔を上げる。「ミナちゃんが、大きな音を怖がるようになった理由は聞いている?」「いや。ミナ本人からは、一度も」 十四歳だった頃のミナは、洗濯機が回る低い音や、テレビから突然流れる大きな音に身体を強張らせていた。誕生日が近づくと部屋へ閉じこもり、何を尋ねても「大丈夫」と笑っていた。 無理に聞くべきではないと思っていた。けれど、本人の気持ちを尊重することと、見ないふりをすることは違う。「今度は、急がずに聞いてみる。ただ、あいつが話したくないことまで無理に聞き出すつもりはない」「それでいいと思うわ。知りたいのは過去の出来事そのものではなくて、どういう状況で症状が揺れるのかよ。心と身体の反応を切り離さずに見れば、治療の手がかりになるかもしれない」 俺は記録用紙へ、思い出せる範囲の反応を書き留めた。 低く回る音。突然の衝撃音。誕生日が近づく時期。 どれも、光の病と直接結びついているとは限らない。勝手な推測で空白を埋めれば、かえってミナから遠ざかってしまう。「ハヤト、手が止まってるぞ」 向かい側で資料を分類していたテオが、俺の顔を覗き込んだ。「止まってない。考えていたんだ」「考えすぎて、紙に穴を開けるなよ」 見れば、筆記具の先が一点へ強く押しつけられていた。俺は力を抜き、紙から離す。「それと、昨日ミナちゃんと決めたことを忘れないで」 エマが釘を刺すように言う。「授業も課題も続けながら調べる。食事と睡眠も削らない。分かってる」「睡眠は何時間?」「……必要な分だ」「それは分かっていない人の答えね」「ハヤトの必要な分は、普通の人間の半分だからな」 テオまで大きくうなずいた。「お前らは俺の身体を何だと思ってるんだ」「放っておくと勝手に壊れる医療戦士」「そこまでひどくない」 二人の視線が揃って俺へ向けられた。 村を破壊するほど力を暴走させたことも、医療棟へ担ぎ込まれたこともある。胸を張って否定できる材料は、残念ながら一つもなかった。「
「ハヤト、呼び出してごめんね」 ミナは白いシーツの上で両手を重ね、俺を見上げた。微笑もうとしたらしい口元はわずかに持ち上がっただけで、すぐに震えた。 窓から差し込む昼の光が、ベッドの端まで明るく照らしている。開けられた小窓から入る風がカーテンを揺らし、清潔な布と薬草の混じった匂いを病室へ運んでいた。「謝らなくていい。話って、この間の検査のことか」「うん」 短い返事のあと、ミナはシーツを握った。細い指の下で布に深い皺が寄る。息を吸うたびに肩が小さく上下していた。 俺はベッド脇の椅子へ座った。呼び出しの手紙を受け取ったときから、胸の底に沈んでいる予感がある。それを顔に出さないよう、膝の上で両手を組んだ。「結果が、あまり良くなかったの」 時計の秒針が、乾いた音を刻んだ。「光の病が、前より進んでるって言われた。このまま進行したら……わたし、今のハヤトと同じ十八歳まで生きられないかもしれないって」 耳に届いた言葉を、すぐには意味として受け取れなかった。 十八歳。 今の俺と同じ年齢になるまで、あと二年しかない。遠い未来の話ではない。季節が二度巡れば届いてしまう距離に、ミナの命の終わりが置かれている。 喉の奥が狭まり、息が肺まで落ちていかなかった。冷たいものが背骨を伝い、組んでいた指先から感覚が薄れていく。「そんな……急に、そこまで悪くなったのか」「急にじゃないの」 ミナは首を横に振った。目に溜まった涙が光を受け、頬へ一筋こぼれた。「前から少しずつ進んでるって聞いてた。ちゃんと調べてもらうたびに、悪くなってることも分かってた。でも、ハヤトには言えなかった」「どうして」「言ったら、ハヤトは自分のことを後回しにするから」 ミナの視線が、俺の胸元へ落ちた。 その瞬間、胸の奥で鈍い痛みが脈打った。まるで彼女の言葉に反応したようだった。俺の中にも光の病はある。だからこそ、ミナに告げられた期限を他人事として聞くことはできない。 もし俺の病も同じ速さで進んでいるのなら。 その考えが浮かびかけ、俺は奥歯を噛んで押し戻した。今は自分の恐怖に飲まれている場合ではない。「黙っていてごめんね。でも、もう隠したままにしたくなかった」 ミナは頬の涙を手の甲で拭った。声は震えている。それでも俯かず、濡れた目で俺を見つめ続けた。「怖いよ。まだやりたいことがいっ
「やって……ません」 喉の奥に張りついた息を、声と一緒に無理やり押し出した。 視界の端では、白い霞がゆっくりと渦を巻いている。円形に並んだ机も、その向こうに立つ生徒たちも、薄い膜を隔てたように輪郭がぼやけていた。息を吸っても胸の途中で止まり、次の呼吸へうまくつながらない。額から流れた汗が頬を伝い、顎の先から答案用紙へ落ちた。 机の縁をつかむ指先が震えていた。 それでも、俺は教授から目を逸らさなかった。「そんな状態だからカンニングした。違うか!」 教授の鋭い声が、広い試験会場を震わせる。 胸の奥を締めつける圧迫感よりも、その言葉のほうが深く突き刺さった。 身体が思うように動かないことと、心まで折れることは同じではない。 俺は椅子の肘掛けを押し、立ち上がろうとした。膝に力が入らず、椅子の脚が床を大きく擦る。上半身が傾いたが、机へ手をつき、どうにか踏みとどまった。 白い霞の中央に、教授の険しい顔を捉える。「俺は……やってません。体調が悪いからって、不正に逃げたりしない」 声は掠れていた。呼吸も途切れていた。 それでも、言葉だけは揺らがせなかった。 会場のあちこちで交わされていた囁きが、わずかに静まる。 教授の横では、マルクスが偽の答案用紙を掲げていた。冷たく整った顔には、勝ち誇った笑みも、焦りも浮かんでいない。ただ、折り畳まれた紙を挟む指先にだけ、わずかに力がこもっていた。「口では何とでも言える。現に、お前の袖から――」「待ってください」 マルクスの言葉を遮った声は、会場の外周に近い席から聞こえた。 鹿寮の生徒が一人、静かに立ち上がっている。その手には小型の撮影端末が握られていた。 霞む視界を細めた瞬間、俺はその生徒を思い出した。 廊下や講義室で、何度か俺へカメラを向けていた人物だ。俺が視線を返すと、近づいてくるでも話しかけるでもなく、端末を下ろして人混みの向こうへ消えていた。 鹿寮の生徒は名乗らず、教授の前まで歩いていった。「これを確認してください」 差し出された端末を、教授は険しい表情のまま受け取った。 やがて、試験会場正面の大型表示板に映像が映し出される。 映っているのは、試験が始まって間もない会場だった。 画面の中央付近に、机へ向かう俺の姿がある。ペンを握る手はすでに震え、何度か目元を押さえていた。その斜め後ろ
「なんの騒ぎだ!」 張り詰めた空気を切り裂くような声が、医療棟の廊下に響き渡った。 床を打つ靴音が近づいてくる。俺は両腕を広げたまま、ミナとマルクスの間に立っていた。 胸の奥が狭い。息を吸っても、必要な量の空気が入ってこない。視界は薄い水膜に覆われ、窓から差し込む昼の光が白く滲んでいる。それでも、ミナへ伸ばされたマルクスの手と、その冷たい眼差しだけは見失わなかった。 背後から、ミナの浅い呼吸が聞こえる。 守らなければ。 その思いが、震えかけた膝を床へつかせなかった。 駆けつけた教授は、俺たちの顔を順に見た。マルクスの伸ばした手、進路を塞ぐ蛇寮の生徒たち、その前に立つ俺、検査室の扉を背にしたミナ。短い沈黙の間に、目の前の状況を正確に読み取っていく。「ミナ、何があった?」 教授に尋ねられ、ミナは胸元へ添えていた手をゆっくり下ろした。顔色は青白い。けれど、俯くことなく、自分の言葉で答えた。「検査室へ行こうとしたら、マルクスが前に立って……退いてほしいと何度も言いました。でも、聞いてくれませんでした」「触れられたか?」「いいえ。ハヤトが間に入ってくれたから」 その声には微かな震えが残っていた。それでもミナの瞳は逃げず、マルクスへ向けられている。 教授の表情が険しくなった。「マルクス・ヴェルナー! これはどういうことだ! 入院中の未成年患者に詰め寄り、本人の拒絶を無視して接触を強要しようとした。蛇寮を十点減点する!」 廊下の空気が、一瞬で凍りついた。 取り巻きたちが互いの顔を見る。四寮の得点争いが激しさを増している今、十点は小さな処分ではない。しかも獅子寮と蛇寮の差を大きく変える減点だ。「十点ですと?」 マルクスは声を荒らげなかった。 白い指先をゆっくり引き戻し、制服の袖口を整える。その動作には、自分が叱責される側であることなど受け入れていない傲慢さが滲んでいた。「俺は彼女の状態を確認しようとしただけです。医療を学ぶ者として、患者の症状に関心を持つのは当然でしょう」「本人が拒んでいる。それだけで十分だ」「病気で不安定になっている者の言葉を、すべて正しいと判断するのですか?」 ミナの肩が小さく揺れた。 俺の胸の奥で怒りが熱を持つ。病気を理由に、ミナの意思まで曖昧なものとして扱う。その言葉だけは聞き流せなかった。 だが、口を開く
「本当に行くつもりなのか?」 テオの声が、朝の獅子寮談話室に落ちた。 長い窓から差し込む光はまだ淡く、磨かれた床の上をゆっくりと伸びていた。暖炉には昨夜の火の名残がわずかに赤く残り、焼きたてのパンと紅茶、古い木製家具の匂いが混ざっている。 いつもなら心を落ち着かせてくれる朝の匂いだった。 けれど、今の俺には、目の前の光景すらまともに見えていなかった。 窓も机も椅子も、輪郭が水に溶けたように揺らいでいる。正面に立っているテオの顔も、髪の色と制服の形でかろうじて見分けられるだけだ。視界の端には白い靄がかかり、ときおり光の粒がちらついた。「行くよ」 俺はそう答え、制服の袖口へ手を伸ばした。 小さなボタンを留めようとしても、指先に力が入らない。震える親指と人差し指の間から、ボタンが何度も逃げていく。三度目に爪が布をかすったところで、とうとう手を下ろした。 ただそれだけの動作で、呼吸が乱れていた。 胸の奥へ冷たい布を詰め込まれたように、深く息を吸えない。浅い呼吸を何度も繰り返しているうちに、首筋へ汗が浮かんだ。「無理だろ、それ」 テオは俺の前まで来ると、顔をのぞき込んだ。「顔色、朝の壁より白いぞ。今日は休め。講義の内容なら俺が聞いてくる」「お前、昨日の講義で半分寝てただろ」「あれは目を閉じて集中してたんだ」「寝てたわよ」 ソファの向かい側で、エマが冷静に言った。 彼女は湯気の立つカップを机へ置き、俺のそばまで来た。ひんやりした指が手首へ触れる。視界がぼやけていても、彼女の表情が険しくなったことは、わずかに止まった呼吸でわかった。「ハヤト、手を握ってみて」 言われたとおりに指を曲げる。 けれど、エマの手を包むどころか、指先が掌へ触れる前に震え始めた。「昨日より悪くなってる」「まだ歩けるよ」「歩けるかどうかを聞いてるんじゃないわ。視界は?」「少し、ぼやけてる」「少し?」 エマの声が低くなった。 俺は答えず、窓の方を見た。外に木々があることはわかる。だが、枝も葉も一つの緑色の塊に見えた。「……テオの顔が、ほとんど見えない」「俺のこの整った顔が見えないなんて重症だな」「そこで冗談を言わないの」 エマに叱られ、テオは口を閉じた。それでも俺の肩へ置かれた手には、普段の気楽さとは違う強い力が込められていた。「部屋に戻ろう、ハ
「講義を抜けるったって、どうやって抜けるんだよ」 俺が声を潜めると、テオは待っていましたとばかりに身を乗り出した。 講義前の獅子寮の談話室は、いつになく騒がしい。長机を囲んで課題を見せ合う声に、教本の紙をめくる音が重なっている。大きな窓から差し込む朝の光が、使い込まれた木製家具の表面を柔らかく照らしていた。温かい茶と焼いたパン、それに古い木の匂いが混ざり合っている。「俺がハヤトに変装して講義受けるぜ!」 胸を張ったテオの宣言に、俺は言葉を失った。 向かいに座るエマは、持ち上げかけたカップを静かに置いた。「いつも通り斜め上ね」「待て。見た目も声も違うだろ」「髪の色は近い。背丈もほとんど同じ。制服を同じように着れば、後ろから見ただけじゃ分からないって」「講義は後ろ姿だけで受けるものじゃない」「もっと現実を見なさい、テオ」 俺とエマから同時に否定されても、テオは少しもひるまなかった。「でも、ミナの様子が心配なんだろ? 面会時間まで待ってたら、今日の講義が全部終わっちまう。ハヤトの顔に、俺は今すぐ行きたいですって書いてあるぜ」 思わず頬へ手を当てそうになり、途中で止めた。そんなものが本当に書いてあるはずはない。それでも、否定の言葉は出てこなかった。 エマが俺を見つめる。厳しさの奥に、わずかな気遣いを含んだ目だった。「昨日、あなたの力でミナの光の病の進行は遅くなった。でも、完治したわけではないわ」「ああ。分かってる」「さらに治療を進めるには、あなたが医療戦士の力を安定させる必要がある。それに、光の病そのものについても研究を重ねないといけない。焦って力を使えば、何が起こるか分からないのよ」 冷静な言葉が胸に刺さる。正しいからこそ、反論できなかった。「それでも、顔を見ておきたいんだ」 自分でも驚くほど低い声が出た。「昨日より苦しくなっていないか。熱は下がったのか。ちゃんと眠れたのか。それだけ確かめたら戻る」「そう言って、あなたは放っておけなくなるでしょうね」 エマは小さく息を吐いた。けれど、拒むように教本を閉じるのではなく、膝の上から一冊のノートを取り上げた。「仕方ないわね。今回だけよ」「さすがエマ!」「喜ぶのは早いわ。テオ、あなたが解剖学の講義で指名されたら、この計画はそこで終わりだから」「俺の知識を甘く見るなよ。骨はだい







